ES (Employee satisfaction)
ES(Employee Satisfaction)は、日本では一般に「従業員満足度」と訳されます。
従業員が、自分の仕事や職場環境、評価、処遇、人間関係などに対して、どの程度満足しているかを捉える考え方です。
心理学や組織行動論では、これに近い概念として「職務満足(job satisfaction)」が広く研究されています。
従業員満足度は、従業員の定着や働き方、サービス品質、顧客満足などと関連する場合があり、企業経営において重要な指標の一つとして扱われています。
ESに注目が集まるようになった背景
職務満足研究の初期の代表的な研究として、Robert Hoppockが1935年に刊行した『Job Satisfaction』があります。
この研究以降、仕事の内容、上司との関係、職場環境、処遇などが、働く人の満足度にどのように関係するのかについて、さまざまな研究が行われるようになりました。
日本でも、職務満足や従業員満足に関する研究や実務的な関心が広がっていきました。
近年、ESが注目される背景の一つに、人材確保や定着の重要性が高まっていることがあります。
働き方やキャリアに対する価値観が多様化し、一つの会社で長く働き続けることだけが一般的な選択ではなくなっています。
そのため企業にとっては、従業員が働きやすさや働きがいを感じられる環境を整え、定着しやすい職場をつくることが重要な課題となっています。
その取り組みの一つとして、従業員満足度を把握し、改善していくことが重視されています。
ESに影響を与える主な要因
ESに影響する要因は一つではありません。
代表的なものとして、企業文化や理念、仕事のやりがい、評価・処遇、人間関係や職場環境などが挙げられます。
①企業文化・理念・ビジョン
企業には、それぞれ異なる文化や理念、ビジョンがあります。
例えば、「安定を重視するのか、成長を重視するのか」「個人の成果を重視するのか、チームでの協働を重視するのか」など、企業によって考え方は異なります。
また、「何のためにこの企業が存在するのか」「どのような社会や顧客価値を実現したいのか」といった理念やビジョンも、企業ごとに異なります。
こうした価値観や方向性に従業員が共感できることは、仕事への納得感や満足感につながる場合があります。
一方で、会社が何を目指しているのか分からない状態では、従業員が自分の仕事の意味や方向性を理解しにくくなることがあります。
そのため、理念やビジョンを掲げるだけでなく、日々の仕事とどのようにつながっているのかを継続的に共有することが重要です。
②仕事のやりがい
自分の仕事が顧客や社会にどのような価値を提供しているのかを実感できることは、仕事への満足に影響する要因の一つです。
また、自分の能力を活かせること、成長を感じられること、一定の裁量を持って仕事に取り組めることなども、仕事の充実感につながる場合があります。
一方で、業務量や労働時間が過度な状態が続いたり、仕事の目的が分からなかったりすると、満足度が低下する可能性があります。
仕事のやりがいを高めるためには、単に仕事量を増やすのではなく、役割や目的を明確にし、成長や貢献を実感できる環境をつくることが重要です。
③評価・処遇
評価や処遇は、従業員満足度に影響する重要な要因の一つです。
評価基準が不透明だったり、人によって評価に大きなばらつきがあったりすると、不公平感が生じやすくなります。
また、仕事内容や責任に対して報酬や処遇に納得感を持てるかどうかも、満足度に影響します。
重要なのは、単に給与を高くすることだけではありません。
評価基準を明確にし、本人に対して評価の理由を説明し、納得感のある処遇につなげることが重要です。
福利厚生や働き方の柔軟性なども、職場に対する満足感に関わる要素になります。
④人間関係・職場環境
職場には、上司、同僚、部下など多くの人間関係があります。
仕事内容そのものに満足していても、人間関係に強いストレスがある場合には、職場への満足度が低下することがあります。
例えば、「意見を言いにくい」「相談しにくい」「協力しにくい」「ハラスメントがある」といった状態が続くと、従業員の心理的負担が大きくなる可能性があります。
そのため、問題を当事者同士だけの問題として扱うのではなく、管理職や組織として必要な対応を行うことが重要です。
また、日頃から相談しやすい関係性や、必要な情報が共有される環境をつくることも大切です。
このように、ESにはさまざまな要因が関わっており、一つの施策だけで大きく改善するとは限りません。
従業員の声を把握しながら、職場環境やマネジメントの改善を継続していくことが重要です。
従業員満足を高めるには、制度や待遇を整えるだけでなく、人が何にやりがいを感じ、どのような関わりによって意欲が変わるのかを理解することも重要です。
日本経営心理士協会では、こうした人の心理を人材育成や組織づくりに活かす「経営心理学」を、「経営心理士講座」でお伝えしています。
ESを高めるための企業の取り組み事例
企業によって、従業員の働きやすさや働きがいを高めるための取り組みはさまざまです。
ここでは代表的な事例を紹介します。
例1)サイボウズ株式会社
サイボウズ株式会社では、働く時間や場所、キャリアのあり方について柔軟な制度づくりを進めてきました。
育児や介護と仕事を両立しやすくする制度、副業を認める仕組み、再入社を支援するアルムナイ採用など、多様な働き方に対応する施策を導入しています。
過去には、留学や転職などを目的に退職した後の復職を支援する「育自分休暇制度」も設けられていましたが、同制度は2024年3月末で廃止されています。
現在も、多様な働き方やキャリア選択を支援する考え方は、同社の人事施策の特徴の一つとなっています。
例2)株式会社ラクーンホールディングス
ラクーンホールディングスでは、従業員が働きやすい環境を整えるための各種制度を導入してきました。
例えば、通勤負担を軽減するための支援制度など、従業員の生活と仕事の両立を支援する取り組みが行われています。
このように、日々の負担を減らす制度も、従業員満足を考えるうえで重要な施策の一つになります。
例3)株式会社富士通ラーニングメディア
富士通ラーニングメディアでは、従業員同士が感謝や称賛の気持ちを伝える「サンクスカード」の取り組みが行われています。
日頃は見えにくい貢献や協力に対して感謝を伝えることで、従業員同士のコミュニケーション活性化につなげています。
こうした取り組みは、金銭的な報酬だけではなく、互いの貢献を認識し合う職場づくりの一例といえます。
このように、ES向上の取り組みには、働き方の柔軟性、評価制度、人間関係、コミュニケーションなど、さまざまな方法があります。
また、自社の状態を把握するために「従業員満足度調査」などのアンケートを行う方法もあります。
重要なのは、調査を行うこと自体ではなく、結果から課題を把握し、改善につなげ、その後も変化を確認することです。
ESを高めることで期待できること
従業員満足度を高める取り組みは、従業員の働きやすさや働きがいだけでなく、組織運営にも影響する可能性があります。
代表的なものとして、人材の定着、生産性や協働、顧客満足との関係などが挙げられます。
人材の定着
従業員が職場や仕事に高い満足を感じている場合、離職意向が低くなる傾向が見られることがあります。
人材が定着すれば、採用や教育にかかる負担を抑えやすくなり、社内に知識やノウハウを蓄積しやすくなります。
ただし、従業員満足度と従業員エンゲージメントは同じ概念ではありません。
従業員満足度は、仕事や職場にどの程度満足しているかを表す考え方です。
一方、従業員エンゲージメントは、組織や仕事に対してどの程度主体的に関わり、貢献しようとしているかを表す概念として使われます。
満足度が高いからといって、必ずしもエンゲージメントも高いとは限らないため、両者は分けて考えることが重要です。
生産性や協働との関係
従業員満足度は、生産性や協働行動などと関連する場合があります。
例えば、職場の人間関係が良好で、必要な情報が共有されている場合には、仕事上の連携や協力が進みやすくなることがあります。
ただし、ESを高めれば自動的に生産性が向上するわけではありません。
仕事の設計、業務プロセス、従業員の能力、マネジメント、設備やシステムなど、さまざまな要因が生産性に影響します。
そのため、ESは生産性を考えるうえでの一つの要因として捉えることが適切です。
CS(顧客満足度)との関係
従業員満足度と顧客満足度には、関連が見られる場合があります。
従業員が働きやすい環境にあり、自分の仕事に納得感や誇りを持って取り組めることが、顧客への対応やサービス品質に良い影響を与える可能性があるためです。
厚生労働省の調査では、従業員満足と顧客満足の双方を重視する企業において、売上高や売上高営業利益率が増加傾向にある企業の割合が高いという結果が報告されています。
ただし、この調査結果は「ESを高めれば必ず売上や利益が増える」という因果関係を証明するものではなく、両者の関連を示す結果として捉える必要があります。
厚生労働省:今後の雇用政策の実施に向けた現状分析に関する調査研究事業(平成27年度)の報告
サービス・プロフィット・チェーンとは
従業員と顧客、企業成果の関係を考える代表的な考え方の一つに「サービス・プロフィット・チェーン(Service-Profit Chain)」があります。
この考え方は、James L. Heskett、Thomas O. Jones、Gary W. Loveman、W. Earl Sasser Jr.、Leonard A. Schlesingerらが、1994年のHarvard Business Reviewの論文「Putting the Service-Profit Chain to Work」で示したものとして知られています。
サービス・プロフィット・チェーンでは、社内の働く環境や支援体制といった内部サービス品質が、従業員の満足や定着、生産性に影響し、それが顧客に提供される価値やサービス品質につながると考えます。
そして、顧客満足や顧客ロイヤルティが高まることで、企業の成長や収益性にもつながる可能性があるという一連の関係を示しています。
ただし、すべての企業や業界で同じ関係が必ず成立するわけではありません。
従業員満足、サービス品質、顧客満足、企業業績は互いに関連し得るものの、その関係には業種や職場環境、マネジメントなどさまざまな要因が影響します。
ESを高める際に重要なこと
ESを高めることは、単に従業員の要望をすべて受け入れることではありません。
企業として成果を出すことと、従業員が働きやすく、働きがいを感じられることの両方を考える必要があります。
そのためには、従業員満足度調査などを通じて現状を把握し、どのような要因が満足度を下げているのかを具体的に確認することが重要です。
例えば、評価制度に対する不満が大きいのであれば評価制度を見直し、人間関係やコミュニケーションに課題があるのであれば、管理職のマネジメントや情報共有のあり方を改善する必要があります。
重要なのは、「ESを上げること」そのものを目的にするのではなく、従業員が能力を発揮しやすく、組織として成果を出しやすい環境をつくることです。
ESは企業経営を考えるうえで重要な視点
企業が売上や利益を高めるためには、顧客満足を考えることが重要です。
一方で、顧客に商品やサービスを提供するのは、多くの場合その企業で働く従業員です。
そのため、顧客満足だけでなく、従業員がどのような環境で働き、仕事にどのような満足や納得感を持っているかを把握することも重要です。
ESとCSの双方を意識した経営は、人材の定着、サービス品質、顧客満足、企業成果を考えるうえで重要な視点になります。
経営者や管理職は、従業員満足を単なる福利厚生の問題として捉えるのではなく、組織の持続的な成果を支える要素の一つとして考えることが重要です。
日本経営心理士協会では、人の感情やモチベーション、価値観、コミュニケーションなどを理解し、マネジメント・人材育成・組織づくりなどに活かす「経営心理士講座」を開催しています。
2015年の開講以来、受講生はのべ10,000名を超えています。

この記事の執筆者
藤田 耕司(ふじた こうじ)
一般社団法人日本経営心理士協会代表理事
公認会計士、税理士、心理カウンセラー
早稲田大学卒業後、監査法人トーマツに入所。独立後、日本経営心理士協会を設立。
高い成果を残す経営者・ビジネスマンの共通点を心理学的に分析し、人間心理に基づく経営・ビジネスの手法を経営心理学として体系化。経営心理学を用いて1200件超の経営改善を行う。
その成果の高さが認められ、金融庁や日本銀行でも教鞭をとり、日経新聞やダイヤモンド、東洋経済にも掲載される。







