シチュエーショナル・リーダーシップ理論
シチュエーショナル・リーダーシップ理論(Situational Leadership Theory:SL理論)とは、部下やメンバーの能力や意欲、担当する仕事の状況などに応じて、リーダーが関わり方を変えるというリーダーシップの考え方です。
ポール・ハーシー(Paul Hersey)とケネス・ブランチャード(Kenneth Blanchard)が、1969年に「Life Cycle Theory of Leadership」として発表したモデルをもとに、その後「Situational Leadership」として発展させました。
この理論の大きな特徴は、「どのような状況でも常に最も優れた一つのリーダーシップ・スタイルがある」と考えるのではなく、相手の状態や仕事に応じて、指示と支援の程度を変えることにあります。
例えば、新しい仕事に取り組み始めたばかりの人には具体的な指示が必要になる一方、十分な経験と能力を持つ人にまで細かな指示を続けると、自律的な行動を妨げる場合があります。
そのため、リーダーには「自分が得意な指導方法を一律に使う」のではなく、相手の状態を見ながら関わり方を調整することが求められます。
「部下のタイプ」ではなく、仕事ごとの状態を見る
シチュエーショナル・リーダーシップ理論を理解するうえで重要なのは、部下を固定的な「タイプ」に分類するものではないという点です。
同じ人でも、担当する仕事によって能力や自信、意欲は異なります。
例えば、営業経験が10年ある社員であっても、初めて部下を持つことになれば、マネジメントについては経験が少ないかもしれません。
反対に、新入社員でも、学生時代から使い慣れているITツールについては、上司より高い能力を持っている場合があります。
そのため、「この人は成熟度が低い」「この人はS1タイプだ」と人そのものを固定的に判断するのではなく、「この仕事について、現在どの程度の能力と意欲・自信があるのか」を見ることが重要です。
能力と意欲・自信から状態を考える
ハーシーとブランチャードの理論はその後それぞれ発展し、用語や分類方法にも違いが生まれています。
ハーシー系のモデルでは、部下・メンバーの状態を「Performance Readiness(遂行準備度)」などとしてR1~R4に分類します。
一方、ブランチャードのSLIIでは「Development Level(発達段階)」としてD1~D4に分類します。
両者には細かな違いがありますが、基本的には、特定の仕事に対する能力と、意欲・自信・コミットメントなどを見ながら、リーダーの関わり方を調整するという考え方です。
4つの状態
ここでは、ブランチャードのSLIIで使われる考え方を参考に、部下の状態を分かりやすく整理します。
D1 能力はまだ低いが、意欲が高い状態
新しい仕事に取り組み始めたばかりで、必要な知識や経験はまだ十分ではないものの、「やってみたい」という意欲が高い状態です。
例えば、新入社員や、新しい業務を担当し始めた社員などが該当する場合があります。
ただし、経験年数だけで判断するのではなく、その特定の仕事に対する能力を見ることが重要です。
D2 能力が少し身についた一方、意欲や自信が低下している状態
仕事を始めた当初より知識や経験は増えたものの、実際の難しさを知ることで、自信や意欲が低下することがあります。
「思ったより難しい」「自分にはできないかもしれない」と感じやすい段階です。
この状態では、具体的な指示だけでなく、なぜその仕事をするのかを説明したり、相談に乗ったりする支援も重要になります。
D3 能力は高まっているが、意欲や自信が安定しない状態
仕事を遂行する能力はかなり身についているものの、自分で判断することに不安を感じたり、仕事への意欲が変動したりする状態です。
上司が細かく指示する必要は減りますが、本人の考えを聞いたり、意思決定を支援したりすることが重要になります。
D4 能力と意欲・自信がともに高い状態
必要な能力を持ち、自分で判断して仕事を進めることができ、その仕事に対する意欲や自信も高い状態です。
この段階では、上司が細かく指示するよりも、仕事や意思決定を任せる方が適している場合があります。
4つのリーダーシップ・スタイル
シチュエーショナル・リーダーシップでは、リーダーの行動を「指示的行動」と「支援的行動」の組み合わせから考えます。
指示的行動とは、「何を、どのように、いつ行うか」を具体的に示す関わりです。
支援的行動とは、相手の話を聞き、意見を求め、励ましたり意思決定を支援したりする関わりです。
この二つの程度によって、4つのリーダーシップ・スタイルに整理されます。
S1 指示型(Directing)
指示的行動を多くし、支援的行動は比較的少なくするスタイルです。
仕事の進め方がまだ分からない人に対して、何を、いつ、どのように行うのかを具体的に伝えます。
例えば、初めて顧客訪問をする社員に対して、訪問前の準備、説明の順序、確認事項などを具体的に示す方法です。
相手がまだ仕事の方法を十分に理解していない段階では、「自分で考えてやってください」と任せるより、明確な指示が役立つ場合があります。
S2 コーチ型(Coaching)
指示的行動と支援的行動の両方を多くするスタイルです。
仕事の進め方について具体的な指示を出しながら、本人の考えを聞いたり、なぜその方法が必要なのかを説明したりします。
例えば、仕事に慣れてきたものの自信を失っている社員に対し、やるべきことを明確にしながら、「どこが難しいと感じていますか」と聞き、必要な支援を行います。
単に指示するだけでなく、対話を通じて本人の理解や納得を促すことが特徴です。
S3 支援型(Supporting)
指示的行動を減らし、支援的行動を多くするスタイルです。
仕事を遂行する能力が高まってきた人に対して、細かな方法を指示するのではなく、本人の考えや判断を尊重しながら支援します。
例えば、「あなたはどう進めるのがよいと思いますか」と質問し、本人に考えてもらったうえで、必要な部分だけ助言する方法です。
意思決定への参加を促し、自分で判断する経験を増やすことで、自律性を高めやすくなります。
S4 委任型(Delegating)
指示的行動、支援的行動の両方を少なくし、仕事や意思決定を本人に任せるスタイルです。
必要な能力と自信を持つ人に対しては、上司が細かく関与するより、達成すべき成果や権限を明確にしたうえで任せる方が適している場合があります。
ただし、「委任」と「放置」は異なります。
必要に応じて進捗を確認し、問題があれば支援できる状態を保つことが重要です。
相手に合わせるだけでなく、「仕事」に合わせる
シチュエーショナル・リーダーシップでは、「人に合わせる」という説明がされることがあります。
しかし、より正確には「その人が、その特定の仕事に対してどの状態にあるか」を見ることが重要です。
例えば、ベテラン営業担当者であっても、新しいCRMシステムの操作については具体的な指示が必要かもしれません。
一方、新入社員でも、得意分野についてはかなりの裁量を与えられる場合があります。
そのため、年齢や役職、勤続年数だけで関わり方を決めないことが重要です。
部下を育成するとき、「細かく指示するべきか」「本人に任せるべきか」で迷う管理職は少なくありません。
重要なのは、どちらか一方が常に正しいと考えるのではなく、相手の能力、自信、意欲、担当している仕事を見ながら関わり方を変えることです。
日本経営心理士協会では、こうした部下の状態の見極め方や、相手の心理に応じた質問・フィードバック・モチベーションの高め方を、組織づくりや人材育成に活かす「経営心理学」を体系化し、「経営心理士講座」でお伝えしています。
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新人だから「指示型」とは限らない
シチュエーショナル・リーダーシップを実践する際に注意したいのが、役職や年齢だけで相手を分類しないことです。
「新人だから指示型」「ベテランだから委任型」と一律に決めると、実際の状態と合わない場合があります。
例えば、転職してきた社員は自社の業務については未経験でも、業界知識については非常に高い能力を持っていることがあります。
反対に、長年勤務している社員でも、新しく導入された業務については具体的な指示を必要とする場合があります。
「その人はどのレベルか」ではなく、「この仕事について、どの程度できるのか」を確認することが重要です。
能力だけでなく「意欲や自信」も見る
同じ能力を持っている人でも、本人の意欲や自信によって必要な関わり方は異なる場合があります。
例えば、仕事を十分にこなせる能力があるにもかかわらず、大きな失敗を経験したことで自信を失っている社員がいるかもしれません。
このような場合、仕事のやり方を一から細かく教え直すよりも、本人の不安を聞き、判断を支援する方が適している場合があります。
逆に、「やりたい」という意欲は高くても、必要な知識が不足している場合には、励ますだけでは仕事を遂行できません。
具体的な方法を教える必要があります。
任せるタイミングが早すぎる場合
部下の主体性を高めようとして、「できるだけ早く任せた方がよい」と考えることがあります。
しかし、必要な能力が身についていない状態で大きな裁量を与えると、本人が何をすればよいか分からず、不安や失敗につながる場合があります。
例えば、営業経験のほとんどない社員に「自分で考えて自由に営業してください」と伝えても、何から始めればよいのか分からないことがあります。
その場合は、最初に具体的な行動を示し、経験を積むにつれて徐々に裁量を増やしていく方法が考えられます。
逆に、指示し続けることが成長を妨げる場合もある
部下が十分な能力を持っているにもかかわらず、上司が細かく指示し続けると、本人が自分で考える機会が減る場合があります。
例えば、経験豊富な社員に対して、メールの文章や顧客への連絡方法まで毎回細かく指示すれば、「自分は信用されていない」と感じることもあります。
部下の成長に合わせて、指示する部分を減らし、自分で考え判断する範囲を広げていくことが重要です。
「委任」と「丸投げ」は違う
委任型リーダーシップでは、上司の関与が少なくなります。
しかし、「あとは全部任せた」と責任まで部下へ押し付けることとは異なります。
委任する際には、少なくとも次のような点を明確にしておくことが重要です。
・期待する成果
・本人が判断できる範囲
・上司への相談が必要な条件
・期限
・必要な経営資源や支援
そのうえで、本人が自分の判断で仕事を進められる余地を広げます。
部下の状態は変化する
一度D4の状態になった人が、ずっとD4であり続けるとは限りません。
新しい仕事を担当すれば能力が不足する場合がありますし、失敗や組織変更などによって自信や意欲が低下することもあります。
そのため、リーダーは一度相手を分類して終わるのではなく、状態の変化を継続的に確認する必要があります。
以前は任せていた仕事でも、状況が変われば一時的に支援を増やすことが必要になる場合があります。
部下に直接確認することも重要
上司が部下の状態を一方的に判断すると、実際の状態とずれる場合があります。
例えば、上司は「もう十分にできる」と考えていても、本人はまだ不安を感じているかもしれません。
反対に、上司は「まだ教える必要がある」と考えていても、本人はすでに自分で判断できる状態かもしれません。
そこで、
「この仕事はどの程度一人で進められそうですか」
「どの部分は自分で判断できそうですか」
「どこに不安がありますか」
「私からどのようなサポートがあると進めやすいですか」
などと質問し、本人の認識を確認することも重要です。
シチュエーショナル・リーダーシップのメリット
この考え方をマネジメントに取り入れることで、相手の状態に応じた関わり方を考えやすくなります。
例えば、経験の浅い社員には必要な指示を増やし、経験を積んだ社員には裁量を広げるというように、育成段階に応じて関わり方を変えることができます。
また、「部下が動かないのはやる気がないから」と単純に考えるのではなく、「能力が不足しているのか」「自信を失っているのか」「支援が足りないのか」など、複数の視点から状態を考えるきっかけになります。
こうした見方は、人材育成や権限委譲を考える際の一つの枠組みとして活用できます。
シチュエーショナル・リーダーシップの限界
シチュエーショナル・リーダーシップは、実務で理解しやすいモデルとして広く活用されてきました。
一方で、理論が示す「この状態の部下には、このリーダーシップ・スタイルが最適である」という対応関係が、あらゆる状況で一貫して実証されているわけではありません。
実際の職場では、仕事内容、組織文化、本人の性格、上司との関係、チームの状況など、多くの要因がリーダーシップの効果に影響します。
そのため、4分類を絶対的なルールとして使うのではなく、「相手の状態に応じて、自分の関わり方を変える」という基本的な視点を活用するのが適切です。
「良い上司はいつも同じ」ではない
シチュエーショナル・リーダーシップから学べる重要なことは、同じ上司でも、相手や状況に応じて関わり方を変える必要があるということです。
ある部下には丁寧な指示が必要でも、別の部下にはそれが過剰な管理になることがあります。
あるときには励ましが必要でも、別のときには具体的な方法を教える必要があります。
そのため、「自分は部下に任せるタイプだ」「自分は細かく指導するタイプだ」と自分のリーダーシップ・スタイルを固定するよりも、目の前の相手に何が必要なのかを見ることが重要です。
さらに、相手の能力や意欲を正確に見極めるには、日頃から部下の話を聞き、どこまで理解しているのか、何に不安を感じているのか、何によって意欲が高まるのかを知る必要があります。
日本経営心理士協会の「経営心理士講座」では、こうした部下の心理を理解し、相手の状態に応じて質問、指示、支援、権限委譲などを使い分けるための考え方を学びます。
自分のやり方を一律に部下へ当てはめるのではなく、一人ひとりの状態を見極め、その人が成長し、自ら動ける関わり方を考えたい方は、経営心理学の考え方も参考にしてみてください。

この記事の執筆者
藤田 耕司(ふじた こうじ)
一般社団法人日本経営心理士協会代表理事
公認会計士、税理士、心理カウンセラー
早稲田大学卒業後、監査法人トーマツに入所。独立後、日本経営心理士協会を設立。
高い成果を残す経営者・ビジネスマンの共通点を心理学的に分析し、人間心理に基づく経営・ビジネスの手法を経営心理学として体系化。経営心理学を用いて1200件超の経営改善を行う。
その成果の高さが認められ、金融庁や日本銀行でも教鞭をとり、日経新聞やダイヤモンド、東洋経済にも掲載される。







