ダブルバインド
ダブルバインド(double bind)とは、互いに矛盾するメッセージを同時または継続的に受け取り、その矛盾について指摘したり、その状況から離れたりすることが難しい状態を説明する概念です。
1956年に、人類学者・社会科学者のグレゴリー・ベイトソン(Gregory Bateson)、精神科医ドン・D・ジャクソン(Don D. Jackson)、ジェイ・ヘイリー(Jay Haley)、ジョン・H・ウィークランド(John H. Weakland)らが発表した論文「Toward a Theory of Schizophrenia」で提唱されました。
ダブルバインドは、単に「二つの指示が矛盾している」というだけではありません。
相手がどちらに従っても問題が生じるような矛盾したメッセージを受け、さらにその矛盾について話したり、その関係から離れたりすることが難しい状態が継続することが重要な特徴です。
ダブルバインドの代表的な例
例えば、上司が部下に次のような言葉を伝えたとします。
「もっと自分で考えて主体的に動いてほしい」
ところが、部下が自分で判断して行動すると、上司から次のように言われます。
「勝手に判断するな。まず私に確認してほしい」
この状態が繰り返されると、部下は「自分で考えて動く」ことと「上司に確認する」ことのどちらを選べばよいのか分かりにくくなります。
しかも、部下が「どちらを優先すればよいのでしょうか」と質問できないような関係であれば、心理的な負担はさらに大きくなる可能性があります。
このように、矛盾する要求があり、その矛盾について確認しにくい状況が続く場合、ダブルバインドという考え方で説明されることがあります。
ダブルバインドの主な特徴
ダブルバインドには、いくつかの特徴があります。
▽矛盾するメッセージがある
一方では「Aをしてほしい」と伝えながら、別のメッセージでは「Aをしてはいけない」と受け取れることがあります。
例えば、言葉では「自由に意見を言ってほしい」と言いながら、反対意見を言った人に対して不機嫌な態度を示す場合です。
▽どちらを選んでも問題が生じる
片方のメッセージに従えば、もう一方に反することになります。
そのため、どちらを選んでも叱られたり、否定されたりする可能性があります。
▽矛盾について確認しにくい
「どちらが正しいのでしょうか」と確認したり、「言っていることが矛盾しています」と指摘したりできれば、状況を整理できる場合があります。
しかし、上下関係が強い、相手に反論できない、質問するとさらに責められるなど、矛盾そのものについて話し合いにくい場合があります。
▽その状況から簡単に離れにくい
ベイトソンらが論じたダブルバインドでは、重要な人間関係の中で繰り返しこのような状況が生じ、簡単に関係から離れられないことも重要な要素とされました。
そのため、一度だけ矛盾した指示を受けたことを、すべてダブルバインドと呼ぶのは適切ではありません。
言葉と態度が矛盾する場合
ダブルバインドは、二つの言葉が矛盾する場合だけではありません。
言葉と表情、態度、声のトーンなどが矛盾する場合もあります。
例えば、上司が険しい表情で「怒ってないから何でも話して」と言った場合、部下はどちらを信じればよいのか迷うことがあります。
言葉では「話してよい」と言われていても、表情や態度からは「話すと怒られる」と感じるかもしれません。
このような言語情報と非言語情報の不一致も、コミュニケーションを難しくする要因になります。
職場で起こり得るダブルバインド
職場では、上司と部下の関係や組織方針の中で、矛盾するメッセージが生じることがあります。
例えば、次のようなケースです。
「失敗を恐れず挑戦してほしい」と言いながら、失敗した人を強く責める
「率直な意見を言ってほしい」と言いながら、反対意見を言うと評価を下げる
「仕事を効率化してほしい」と言いながら、従来の手順から外れることを認めない
「権限委譲する」と言いながら、細かな判断まで上司の承認を求める
このような状況が続くと、部下は「何をしても間違いになる」と感じ、行動しにくくなる可能性があります。
職場では、上司自身は矛盾したメッセージを出していることに気づいていない場合もあります。
「主体的に動いてほしい」という期待と、「失敗してほしくない」という不安が同時に存在し、その二つが矛盾した指示として表れることもあります。
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「自由にやっていい」と言いながら細かく管理する
マネジメントでは、「自由にやっていいよ」と言いながら、実際には細かい部分まで修正を求めるケースがあります。
上司としては、「基本的には自由に考えてほしいが、重要な部分は確認したい」と考えているのかもしれません。
しかし、その基準が部下に伝わっていなければ、「自由にやれと言われたのに、結局何をしても直される」と感じる可能性があります。
このような場合には、「どこまでは自分で判断してよいのか」「どの範囲から上司への相談が必要なのか」を明確にすることが重要です。
「失敗してもいい」と言いながら失敗を責める
企業では、「失敗を恐れず挑戦しよう」というメッセージが掲げられることがあります。
しかし、実際に失敗した社員が強く責められたり、不利益を受けたりする状況が続けば、社員は公式なメッセージより実際の行動を重視するようになります。
その結果、「挑戦してほしい」という言葉があっても、失敗を避ける行動が増える可能性があります。
重要なのは、言葉で挑戦を促すことだけではなく、失敗が起きたときにどのように対応するかです。
もちろん、重大な過失や同じ失敗の繰り返しまで無条件に認める必要はありません。
挑戦による失敗と、注意不足やルール違反による失敗などを分けて考える必要があります。
「本音を言って」と言われても本音を言えない理由
上司が「遠慮せず本音を言ってほしい」と伝えても、それだけで部下が本音を話すとは限りません。
過去に意見を言った際に否定された経験があれば、「本当に話して大丈夫なのか」と不安になることがあります。
言葉で「本音を言って」と求めながら、本音を言ったときの反応が否定的であれば、メッセージと実際の行動が矛盾してしまいます。
そのため、率直な意見を求めるのであれば、意見を聞いた後の反応まで含めて一貫性を持たせることが重要です。
ダブルバインドと統合失調症
ダブルバインド理論は、もともと統合失調症の発症を説明する仮説の一つとして提案されました。
ベイトソンらは、特定の家族関係において矛盾したコミュニケーションが繰り返されることと、統合失調症との関係について仮説を示しました。
その後、ダブルバインド理論は家族療法やコミュニケーション論などにも影響を与えました。
一方、現在では「ダブルバインドが統合失調症を引き起こす」とする単純な因果関係が確立されているわけではありません。
統合失調症には、遺伝的要因、生物学的要因、環境要因など、複数の要因が関係すると考えられています。
そのため、ダブルバインド理論を「親の矛盾した言動が統合失調症の原因になる」という形で断定的に説明することは適切ではありません。
「ポジティブ・ダブルバインド」「ネガティブ・ダブルバインド」という分類について
ビジネスや自己啓発の分野では、「ポジティブ・ダブルバインド」「ネガティブ・ダブルバインド」という表現が使われることがあります。
しかし、これはベイトソンらが提唱したダブルバインド理論の基本的な分類ではありません。
本来のダブルバインドは、矛盾したメッセージによって相手が身動きを取りにくくなるコミュニケーション状況を説明する概念です。
そのため、相手に二つの好ましい選択肢を提示することまで、本来の意味でのダブルバインドと同じものとして扱うことには注意が必要です。
営業で使われる「ダブルバインド」とは区別して考える
営業のテクニックとして、「Aにしますか、それともBにしますか」と二つの選択肢を提示する方法を「ダブルバインド」と呼ぶことがあります。
例えば、「面談は火曜日と木曜日のどちらがよいですか」と質問することで、「面談するかどうか」ではなく「どちらの日にするか」を選んでもらう方法です。
しかし、これはベイトソンらが提唱した本来のダブルバインドとは異なるものです。
単に複数の選択肢を提示することは、必ずしも矛盾したメッセージでも、逃れられない状況でもありません。
そのため、心理学上のダブルバインドと、営業テクニックとして使われる用語は区別して考える必要があります。
ダブルバインドを防ぐ方法
職場で矛盾したメッセージを減らすためには、いくつかの方法があります。
▽優先順位を明確にする
例えば、「主体的に判断してほしい。ただし、100万円以上の契約については必ず事前に相談してほしい」というように、判断の範囲を明確にします。
これによって、「自分で判断すること」と「上司へ相談すること」の境界が分かりやすくなります。
▽例外条件を伝える
「基本的にはスピードを優先してください。ただし、法務上のリスクがある場合には慎重に確認してください」というように、原則と例外を明確にすると、矛盾が減ります。
▽矛盾を質問できる関係をつくる
部下が「以前の指示と今回の指示はどちらを優先すればよいですか」と質問できる状態をつくることも重要です。
指示の矛盾そのものよりも、それを確認できないことが問題を大きくする場合があります。
▽言葉と行動を一致させる
「失敗しても挑戦してほしい」と言うのであれば、実際に失敗が起きたときの対応もその方針と整合させる必要があります。
「意見を言ってほしい」と言うのであれば、反対意見が出たときにも、まず理由を聞く姿勢を示すことが重要です。
部下を迷わせるのは「指示の内容」だけではない
管理職は、自分では一貫した指示を出しているつもりでも、部下には矛盾して聞こえることがあります。
なぜなら、人は言葉だけではなく、表情、声のトーン、過去の経験、その後の上司の反応なども含めてメッセージを受け取るからです。
例えば、「何でも相談して」と言っていても、相談されたときに毎回面倒そうな表情をしていれば、部下には「本当は相談してほしくない」というメッセージとして伝わる可能性があります。
そのため、「自分が何を言ったか」だけではなく、「相手にどのように伝わっているか」を確認することが重要です。
矛盾をなくすだけでなく、確認できる関係をつくる
組織の中で、すべての指示を完全に矛盾なくすることは難しい場合があります。
状況が変われば、以前とは異なる判断が必要になることもあります。
重要なのは、矛盾や変更が生じたときに、その理由を説明し、相手が確認できる状態をつくることです。
「前回はAと言ったが、今回は状況が変わったのでBを優先する」と説明できれば、相手は判断基準を理解しやすくなります。
反対に、理由を説明せずに異なる指示を出し続けると、部下は「何をしても怒られる」と感じ、主体的に動きにくくなる可能性があります。
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「伝えたつもり」ではなく、相手が迷わず行動できる伝え方や、矛盾を率直に確認できる関係をつくりたい方は、経営心理学の考え方も参考にしてみてください。

この記事の執筆者
藤田 耕司(ふじた こうじ)
一般社団法人日本経営心理士協会代表理事
公認会計士、税理士、心理カウンセラー
早稲田大学卒業後、監査法人トーマツに入所。独立後、日本経営心理士協会を設立。
高い成果を残す経営者・ビジネスマンの共通点を心理学的に分析し、人間心理に基づく経営・ビジネスの手法を経営心理学として体系化。経営心理学を用いて1200件超の経営改善を行う。
その成果の高さが認められ、金融庁や日本銀行でも教鞭をとり、日経新聞やダイヤモンド、東洋経済にも掲載される。







