ダブル・ループ学習
ダブル・ループ学習とは、行動や方法を改善するだけでなく、その行動の前提となっている考え方、目標、価値観、ルールなども問い直し、必要に応じて変えていく学習のプロセスを指します。
組織学習の研究で知られるクリス・アージリス(Chris Argyris)とドナルド・ショーン(Donald A. Schön)によって発展させられた考え方で、「シングル・ループ学習」と対比して説明されることが多くあります。
シングル・ループ学習では、現在の目標や前提そのものは維持しながら、「どうすればもっとよくできるか」を考え、行動や方法を修正します。
一方、ダブル・ループ学習では、
「そもそも、この目標は適切なのか」
「このやり方を続けること自体が正しいのか」
「自分たちが当然だと思っている前提に問題はないか」
といったところまで問い直します。
そのため、ダブル・ループ学習は、従来の改善を積み重ねるだけでは解決しにくい問題や、環境そのものが大きく変化している状況で重要になる考え方です。
シングル・ループ学習とは
シングル・ループ学習とは、現在設定されている目標やルール、価値基準などの前提を維持したまま、その中で行動や方法を修正していく学習です。
例えば、営業部門で「毎月100件の新規営業を行う」という方針があるとします。
成果が思うように出ていない場合に、
「営業トークを改善しよう」
「アポイント率を上げよう」
「営業リストを見直そう」
と考えるのが、シングル・ループ学習の一例です。
「100件の新規営業を行う」という目標そのものは変えず、その目標を達成するための方法を改善しています。
PDCAサイクルも、既存の目標や前提の中で改善を繰り返す場合には、シングル・ループ学習に近い形になることがあります。
ただし、PDCAそのものがシングル・ループ学習を意味するわけではありません。
PDCAの中で目標や前提自体を問い直すのであれば、ダブル・ループ学習に近い学習が行われる場合もあります。
ダブル・ループ学習とは
ダブル・ループ学習では、行動や方法を改善するだけではなく、その行動を生み出している前提や目標自体を問い直します。
先ほどの営業の例で考えると、
「毎月100件の新規営業をする方法をどう改善するか」
だけではなく、
「そもそも新規営業100件という目標は適切なのか」
「既存顧客からの紹介を増やした方が成果につながるのではないか」
「営業活動そのものではなく、WEB集客を強化した方がよいのではないか」
といったところまで考えます。
つまり、
シングル・ループ学習は「やり方を変える」学習、ダブル・ループ学習は「やり方を決めている前提まで見直す」学習
と考えると分かりやすいでしょう。
シングル・ループ学習とダブル・ループ学習の違い
両者の違いは、どこまで問い直すかにあります。
シングル・ループ学習では、現在の目標や基準を前提として、その目標を達成するための行動を改善します。
ダブル・ループ学習では、その目標や基準そのものが現在の環境に合っているのかまで問い直します。
例えば、売上が低下した場合、
シングル・ループ学習
「営業件数を増やそう」
「営業トークを改善しよう」
「広告のクリック率を上げよう」
ダブル・ループ学習
「そもそも現在の商品を売り続けることが正しいのか」
「ターゲットとする顧客層自体を変える必要はないか」
「現在の収益モデルそのものを見直す必要はないか」
といった違いがあります。
どちらか一方が優れているということではありません。
日常的な業務改善ではシングル・ループ学習が重要です。
一方で、市場環境や顧客ニーズが大きく変化したときには、これまでの前提そのものを見直すダブル・ループ学習が重要になります。
なぜダブル・ループ学習が必要なのか
シングル・ループ学習には、大きな強みがあります。
現在のやり方を少しずつ改善し、効率や成果を高めることができるからです。
しかし、前提そのものが環境に合わなくなっている場合には、改善を続けても十分な成果につながらないことがあります。
例えば、以前は電話営業によって高い成果を上げていた企業があったとします。
成果が落ちたため、
「電話する時間帯を変える」
「トークスクリプトを改善する」
「電話件数を増やす」
といった改善を繰り返しても、市場環境そのものが大きく変わっているのであれば、成果が戻らない場合があります。
そこで、
「電話営業という方法そのものを続けるべきなのか」
と問い直し、WEBマーケティング、紹介、セミナー、パートナー戦略など別の方法を検討することが、ダブル・ループ学習につながります。
環境が変わったにもかかわらず、過去に成功した考え方をそのまま使い続けると、改善努力そのものが成果につながらなくなる可能性があります。
「成功体験」がダブル・ループ学習を妨げることもある
過去の成功体験は重要な財産です。
一方で、大きな成功を経験しているほど、その成功を生み出した方法や考え方を疑いにくくなる場合があります。
例えば、
「これまでこの方法で成功してきた」
「この業界では昔からこうしている」
「うちの会社ではこのやり方が一番いい」
と考えていると、環境が変化しても従来の方法を使い続けてしまうことがあります。
ダブル・ループ学習では、こうした自分たちにとって当然になっている前提にも目を向けます。
重要なのは、過去の成功を否定することではありません。
「これまで成功した方法が、これからも有効なのか」と問い続けることです。
経営やビジネスでは、これまで正しかった考え方が、環境の変化によって通用しなくなることがあります。
そのため、人がなぜ過去の成功体験や既存の考え方にとらわれるのかを理解し、必要に応じて自分たちの前提を見直すことが重要です。
日本経営心理士協会では、人間心理を理解しながら経営判断、人材育成、組織づくり、営業などに活かす「経営心理学」を体系化しています。
ダブル・ループ学習を組織で行う方法
ダブル・ループ学習を行うためには、単に改善案を考えるだけでなく、自分たちが当然だと思っている前提を言葉にすることが重要です。
例えば、次のような問いを持つことが役立ちます。
「なぜこの方法を続けているのか」
「そもそも何を実現するためにこの仕事をしているのか」
「このルールは現在も必要なのか」
「顧客が本当に求めているものは何か」
「もしゼロから事業をつくるなら、今と同じ方法を選ぶか」
こうした問いを通じて、普段は意識していない前提を明らかにしていきます。
異なる立場の意見を取り入れる
自分たちの前提を自分たちだけで見つけることは、簡単ではありません。
長期間同じ環境で仕事をしていると、その組織の常識が当たり前になっているためです。
そのため、
・他部署の社員
・新しく入社した社員
・顧客
・取引先
・外部の専門家
など、異なる立場からの意見を聞くことも有効です。
自分たちにとって当然のことでも、外部から見ると疑問に感じることがあります。
こうした違和感や異なる視点が、前提を見直すきっかけになることがあります。
「なぜ」を繰り返して前提を探る
問題が起きたときに、すぐに改善策を考えるのではなく、その背景を掘り下げていくことも重要です。
例えば、
「売上が下がった」
という問題があったとします。
そこで、
「営業活動が足りないからだ」
と判断し、営業件数を増やすだけであれば、シングル・ループ学習になりやすくなります。
一方で、
「なぜ顧客は購入しなくなったのか」
「顧客が求める価値が変わっていないか」
「現在の商品は本当に顧客の問題を解決しているのか」
「そもそも、この市場を対象にすることが適切なのか」
と問いを深めることで、より根本的な前提に目を向けることができます。
ダブル・ループ学習には心理的な難しさがある
ダブル・ループ学習は、理屈では簡単に見えても、実際に行うことは簡単ではありません。
なぜなら、自分自身の考え方や、これまで正しいと思ってきたことを疑う必要があるからです。
人は、自分の判断が間違っていたと認めることに抵抗を感じることがあります。
特に、自分が決めた方針や過去に成功した方法については、その考えを守ろうとする心理が働くことがあります。
また、組織では、
「上司が決めた方針だから疑ってはいけない」
「昔からこうしているから変えられない」
といった空気があると、前提そのものを問い直すことが難しくなります。
そのため、ダブル・ループ学習を進めるには、異なる意見や疑問を安心して言える環境も重要になります。
個人におけるダブル・ループ学習
ダブル・ループ学習は、組織だけでなく個人にも応用して考えることができます。
例えば、仕事で成果が出ない場合、
「もっと努力しよう」
「もっと仕事のスピードを上げよう」
と考えるだけではなく、
「自分が努力する方向は本当に正しいのか」
「自分はなぜこの仕事の進め方を当然だと思っているのか」
「成果を出す人は、そもそも別の考え方をしていないか」
と問い直します。
このように、自分自身の行動だけでなく、その背景にある思考や前提まで振り返ることで、新しい選択肢を見つけられる場合があります。
ただし、常に前提を疑えばよいわけではありません。
日常的な改善で解決できる問題であれば、シングル・ループ学習の方が効率的な場合もあります。
重要なのは、問題の性質に応じて、行動を改善するのか、前提そのものを見直すのかを使い分けることです。
経営心理学から見るダブル・ループ学習
経営心理学の観点から見ると、ダブル・ループ学習で重要なのは、人が自分の考え方や前提に気づくことの難しさです。
人は、自分がどのような前提に基づいて判断しているのかを、常に自覚しているわけではありません。
これまでの経験、成功体験、所属する組織の常識、周囲の価値観などによって形成された考え方を、「当然のこと」として受け入れている場合があります。
そのため、新しい情報を得ても、現在の考え方に合うように解釈したり、自分の考えと合わない情報を受け入れにくくなったりすることがあります。
ダブル・ループ学習を行うためには、
「自分はなぜそう考えているのか」
「その前提はどのような経験から生まれたのか」
「今もその考え方は有効なのか」
と、自分自身の思考を客観的に見つめることが重要です。
また、他者との対話によって、自分一人では気づかなかった前提に気づくこともあります。
そのため、ダブル・ループ学習は、単なる問題解決の方法ではなく、人や組織が自分たちの考え方そのものを学び直すプロセスとも考えることができます。
ダブル・ループ学習から学べること
ダブル・ループ学習とは、現在の行動や方法だけを改善するのではなく、その背景にある目標、価値観、ルール、考え方などの前提自体を問い直す学習です。
シングル・ループ学習は、既存の前提の中で効率や成果を高めるうえで重要です。
一方で、市場環境、顧客ニーズ、テクノロジーなどが大きく変わった場合には、従来の前提そのものを見直す必要が生じることがあります。
重要なのは、シングル・ループ学習とダブル・ループ学習のどちらか一方を選ぶことではありません。
日常的には改善を積み重ねながら、必要なときには、
「そもそも、このやり方を続けることが正しいのか」
と問い直すことです。
日本経営心理士協会の「経営心理士講座」では、人が過去の経験や思い込みにどのような影響を受けながら判断するのかを理解し、経営判断、人材育成、組織づくり、営業などに活かす方法を体系的に学びます。
これまでの常識や成功体験にとらわれず、変化する環境の中でよりよい判断を行うために、人間心理を理解するという視点も参考にしてみてください。

この記事の執筆者
藤田 耕司(ふじた こうじ)
一般社団法人日本経営心理士協会代表理事
公認会計士、税理士、心理カウンセラー
早稲田大学卒業後、監査法人トーマツに入所。独立後、日本経営心理士協会を設立。
高い成果を残す経営者・ビジネスマンの共通点を心理学的に分析し、人間心理に基づく経営・ビジネスの手法を経営心理学として体系化。経営心理学を用いて1200件超の経営改善を行う。
その成果の高さが認められ、金融庁や日本銀行でも教鞭をとり、日経新聞やダイヤモンド、東洋経済にも掲載される。







